中華人民共和国ってどんな国?

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中華人民共和国ってどんな国?

1644年から1912年(1911年)まで中国を支配したのが、清朝でした。


日本の戦国末期から江戸初期にかけて勃興した満州族が、1644年に中国の実効支配の成立とともに「大清」を国号として成立したのが、清朝です。

清朝初期には中国伝統文化の保護、領土拡張などを行って中華帝国の威光をいやましたが、清朝末期の19世紀中ごろから世紀末には欧米各国からの侵食を受け、日清戦争以降は国内からの異民族王朝反対の運動も盛り上がり、1911年の辛亥革命勃発によって1912年には最後の皇帝溥儀が正式に退位。清朝は滅亡し、中華民国が成立します。

しかし、袁世凱という政治家が革命を骨抜きにし、自ら皇帝になろうとしたりしたため、中華民国は実質的に崩壊、以降、中華人民共和国の成立まで、中国は軍閥割拠・内戦の時代となります。

日本軍の中国侵略とともに、当時最大の軍閥であった中国国民党と中国共産党が抗日のために同盟します。しかし、共産党は抗日運動で国民党を立てて、戦力を温存する戦略に出ます。

日本降伏後の1949年、中国共産党は「中華人民共和国」の成立を宣言。翌年に国民党は台湾へ逃亡。実質的に国内を統一した中華人民共和国は、現在では各国から正統政府として認められる。(設立当初は、西側各国からの承認に時間がかかりました)

その後、毛沢東による大躍進政策・文化大革命による経済的な損失を乗り越えるため、地道に国内産業の育成と、国際社会への参加を推進してきました。

1990年のアジア通貨危機を皮切りに、中国経済の影響力の大きさが見直され、1995年ごろから、すでに将来アメリカを抜く経済大国として注目される。また、2003年には、世界に影響をあたえるBRICs四カ国の筆頭として上げられ、21世紀の経済大国して、その動向は世界から深い注視を受けるようになりました。。

もちろん、天安門事件その他の自由化への運動とそれへの抑圧政策という問題もあります。とくに最近では、米Googleや米Yahooが中国の検閲政策に協力したということで問題になっています。

欧米各国からしても、急激な自由化によって中国に政情不安が起きたばあい、発生が予想される大規模な難民をどうすればいいかという問題があり、あまり強硬にせまれないという事情もあります。

また、台湾に逃亡した国民党政府もその初期には台湾現地人への弾圧を行っており、これらは世界史的に起こった近代化の過程での独裁制というカテゴリーにくくることが出来ると思います。

欧州の近代化はいわゆる啓蒙専制君主によっておおきく漸進しましたし、フランス革命も多くの血を流しました。また、アメリカにしてもその祖先のプロテスタントは、清教徒革命という血なまぐさいことを経験しています。また、南北戦争では奴隷解放を謳いつつも、北軍は実質的な強奪奨励命令を出したりして、結構ひどいことをしました。(もちろん、奴隷解放の大きな一歩としての評価とは別です)

最近、司馬遼太郎のせいで持ち上げられる明治政権もそういう意味では陰惨な側面をたっぷりもっていました。

アジアやアフリカ、中南米の悲惨さは、そういう独裁という過程を欧米各国が民主国家として成熟した段階で迎えなければならなかったことだと思います。そもそも独裁制に移行せざるをえなかった原因の一因が、欧米諸国の搾取(植民地支配から金融的なあるいみ正統的な商業手段によるものまで)にあり、またそのおかげで欧米の民主化が成功した側面もあるのに、一方的に指弾するだけ、というのは歴史的に公平な見方ではないでしょう。
ただし、それは人権侵害を見逃すという意味ではありません。むしろ、そういう痛みを自覚して、そういう意味での先進国として、独裁制度の国々の人権侵害をいわば「更生した元犯罪者」として糾弾することが大事だと思います。

漸進的な経済の発展と、それにともなった緩やかな自由化の達成、その過程で、国家からの痛みができるだけ少なくなること、それが管理人が中華人民共和国におこってほしいと願っていることです。

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